噛むと酔う不思議な果物

中国の南部、特に雲南、海南にはヤシの木を細長くしたような檳榔(ビンロウ)という植物が栽培されています。

檳榔は見た目の通りヤシの仲間の植物です。ヤシの木には大きな実ができますが、檳榔にはビワの実を細長くしたくらいの大きさの実がたくさんつきます。見た目はブドウの房を巨大化した感じになります。

檳榔の実は熟すとビワの実と似たようなオレンジ色になります。ただし熟すと硬くなるので食用には適しません。まだ緑色のうちに収穫したものが食用の檳榔になるのです。

檳榔の実は木の先端近くにつくので何メートルもある竿の先に鎌を取り付けた道具で収穫します。木の下でふたりの人が布を広げ、鎌を操る人が切り落とした房をキャッチするスタイルです。

こうして収穫した檳榔は噛むと酔う不思議な果物なのです。

賞味の仕方

檳榔の実を賞味するときは実に縦に三本の切れ目を入れて皮をむきます。そしてタネは捨てて皮の部分を噛むのです。

ただしそのまま噛むわけではありません。中国語で「蒌叶」という植物の葉に貝殻を焼いて粉にした「檳榔灰」と呼ばれるものを塗ったものを一緒に噛むのです。

つまり檳榔を噛むには檳榔の実、蒌叶、檳榔灰の3点セットが必要なのです。

このようにして檳榔を噛むと口の中で化学反応が起きて唾液が赤く染まります。ですから檳榔を嗜む人を「紅唇族」と言うこともあります。

口の中には渋い味が広がるので赤く染まった唾液を吐き捨てる人が多いのですがディープなユーザーは飲み込んでしまうようです。

個人差があるようですが檳榔を噛むと酒よりも強い酩酊感を感じることもあるようです。 特に慣れないうちは大量の汗が出たり体が回転しているような感じがすることもあります。

檳榔の実を噛む習慣は台湾ではかなり一般的なので台湾旅行をしたことがある人なら檳榔売りのスタンドをご覧になったことがあるでしょう。

台湾では檳榔は若い女性が売っているものと相場が決まっています。台湾ではこのような女性を「檳榔西施」と言います(ご存知の通り西施は中国4大美人のひとりです)。

檳榔売りには扇情的なイメージがあります。中国語で「檳榔売り」は風俗産業のメタファーでもあります。ゆえに「檳榔西施」は台湾のプチ社会問題のひとつでもあるのです。

湖南の隠れたヒット商品

檳榔は6世紀に記されたとされる『斉民要術』などかなり古い文献にも登場する嗜好品です。

かつては中国の上流社会で広く流行していたようです。

檳榔は昔から薬としても使われていました。古い文献によると檳榔の功能は殺虫や消食(食べ過ぎによる胃のもたれを解消するなどの作用)ですが、唐の時代以降は「瘴気」予防の効能が加わります。

要するに檳榔を噛んでいると伝染病の予防になるというわけです。

宋代の記録によると福建、広東、広西では唇が赤くなる檳榔の賞味法が一般化していたようです。

明代の『紅楼夢』や清代の複数の記録によれば、明清時代の中国では檳榔は北京でも西安でも消費されていました。

ただし北京や西安のように檳榔の生産地から遠い地域では上流階級限定の嗜好品だったようです。

民間でも流行していたのは南方の生産地か生産地に近い物流の拠点です。

現在の台湾が檳榔文化の中心地になっているのは、明から清にかけての時代に福建人が台湾に檳榔文化を持ち込んだのがきっかけだそうです。

清代には南方の物流拠点があった湖南にも檳榔文化が持ち込まれ非常に流行しました。

その後、不思議なことが起こります。

檳榔の産地であり流通拠点であった広東や福建では檳榔の消費が衰退し、檳榔の生産地ではない湖南にだけ檳榔文化が根強く残ったのです。

湖南の檳榔文化は日本ではあまり知られていませんが、人口に対する消費者数の割合は台湾の3倍以上とも言われています。

しかも湖南では唇が赤く染まる「原始的」な賞味法だけではなく、香辛料で味をつけたり甘味料を使って菓子のように加工した食べ方が工夫されています。

湖南は産地から遠いせいで保存のための加工が必要だったのですが、保存方法を工夫することで食べやすくなり消費が拡大したのでしょう。

中国の記事を読んでいると檳榔には発がん性があるとするものもあるのでおススメはできませんが、檳榔は確かに中国の食文化の一部なのです。

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