「とろろ」にはなぜ麦ごはんなのか
とろろご飯はおいしくてしかも体に良い。これは薬膳理論など知らない人でも知っている日本の常識です。
とろろご飯を作るときは「麦ごはん」がよいとされています。確かに麦ごはんにすると食感に変化があって100%白米よりも合っているような気がします。
しかしそれだけではないのです。
薬膳的にとろろご飯を分析すると「多彩な食感を楽しめる」という以上の意味が見えてきます。
食材の功能
とろろご飯の材料はヤマイモと麦ご飯です。
麦ご飯は100%麦ではなく米と麦をブレンドするのが一般的だと思います。
このように複数の素材を使って料理を作ると薬膳的な評価は難しくなります。
ですから薬膳的な作用を考えるときはできるだけシンプルな組み合わせから出発して考えるようにします。
今回はヤマイモと麦だけで作った場合にどうなるか考えてみましょう。
ヤマイモは健脾食材の代表格
ヤマイモは代表的な健脾食材です。
その作用は高く評価されていてヤマイモを乾燥させたモノは漢方薬として使われています。
漢方薬として使われるときは「山薬」と呼ばれます。読み方は「さんやく」です。山薬は数ある漢方薬の中でも使用頻度がかなり高い薬なのです。もちろん薬膳食材としても重要です。
健脾食材は文字通り「脾」の機能を高めます。
「脾」の機能が高まると薬膳の効果が発揮されやすくなりますし、老化を防止することができます。
ですから薬膳や漢方の専門家は常に「健脾」を重視しています。
麦の健脾作用
清代の本草書『本草再新』によると麦にも健脾作用があります。
同じ作用の食材を組み合わせることによって単独で使うよりも作用が強まることがあります。
このような組み合わせを「相須(そうす)」といいます。
薬膳の専門家なら麦と「とろろ」の組み合わせは相須を狙った組み合わせだと考えます。
麦と「とろろ」の組み合わせは理想的な健脾薬膳料理になります。
そして健脾薬膳料理は基本的に誰が食べてもプラスしかない料理です。
しかも健脾には他の薬膳の効果を高める作用があるので、薬膳ライフを続けるなら頻繁に食べたいメニューということになります。
組み合わせの謎
現代中国にはすりおろしたヤマイモをご飯にかけて食べる習慣はありません。たぶん「とろろご飯」は日本発祥の料理だと思います。
もしも「とろろご飯」が中国の食べ物なら薬膳理論に基づいて作られた健脾薬膳だと納得できるのですが、完璧な健脾薬膳が日本の伝統食の中にあるのはなぜでしょうか。
薬膳理論を知っている人からすれば「とろろご飯」が偶然生まれた組み合わせとは思われません。
日本にはかなり長い漢方の歴史があります。漢方が主流だった時代には現在の日本人が想像する以上に食養生の考え方が一般化していたのかもしれません。
麦と「とろろ」の組み合わせは漢方理論や本草学の知識がある人が発明した。
私はそう思います。
通説を斬る
「とろろご飯」をググると昔は貧しかったからパサパサの麦飯が主流でとろろで流動性を高めて食べやすくしたという説が一般的です。
この説は「仕方ないからとろろご飯を食べていた」と言わんばかりの説ですが本当でしょうか?
昔はヤマイモはかなりの貴重品でしたから食べ物に困るほどの人が「仕方がないから食べる」ような食材ではなかったハズです。
本当に困っているなら「茶漬け」や「湯漬け」にして流動性を高めたのではないでしょうか。
とろろご飯はむしろ贅沢な部類に属する食事だったと思われます。つまりそれなりの地位がある人が食べていたとしても不思議ではありません。
漢方医学は陰陽・五行・易学など昔の知識人の基礎教養をベースにしていますから、昔の知識人は医学にも通じていました。
中国では科挙に通らないから医者になるというパターンがあったくらいです。
日本でも似たような事情があったとしても不思議ではありません。
医学に通じた教養ある人物が不老長寿を願って健脾薬膳として「とろろご飯」を発明した。私はこの説を提唱したいと思います。
山村の暮らしは幸いなるかな
現在流通しているヤマイモは畑で栽培されたものがほとんどです。
この事情は中国でも同じです。その中国では天然モノと栽培モノでは薬効がかなり違うと言われています。
確かに天然モノと栽培モノでは見かけも違いますし育った環境も違いますから体への作用が違っていても不思議ではありません。
たまに山深い土地に旅行に行くと自然薯(じねんじょ)を売っていることがあります。
自然薯! これぞ日本の天然ヤマイモです!
細いけれどもゴツゴツとしていて野趣にあふれる自然薯の姿。見るからに滋味が溢れているではありませんか。そういう山の幸が手に入る環境は羨ましい限りです。
はるか遠くに見える岐阜の山の中に移住して自然薯堀りに明け暮れてみたいと思う今日この頃です。