周庄
江蘇省に周庄(しゅうしょう)という街があります。上海から日帰り旅行できる距離の街です。
昔から周庄は水運の拠点でした。現在では水路そのものが観光の「見どころ」のひとつになっています。
明代初期のことです。
この周庄に沈万三という富豪がいました。人呼んで「巨富」だったそうですから相当な豪商だったようです。
沈万三はシルク、陶器などを輸出し、象牙、香料、薬剤などを輸入していたようです。
中国で商人と言えば接待は必須。そして接待と言えば宴会。
大富豪ともなれば「さすが」と言われる宴会を開かなければ面子にかかわります。
もちろん沈万三の宴会にも客をもてなすための手の込んだ料理が用意されていました。
その中のひとつが周庄の肉塊・万三蹄なのです。
万三蹄
万三蹄の万三は沈万三の万三です。
蹄はこの場合ブタのうしろ脚の関節の部分を意味します。人間で言うと膝の下の部分に相当します。
前脚ではダメなのです。その理由は後で説明します。
この料理はブタの脚を輪切りにした塊を皮付きのまま煮込んで作ります。このときに漢方薬や香料を何種類も使います。
その中には海外から輸入される高価な薬や香料も含まれています。
現在は物流が発達しているので一般人でも外国や遠方の香料や薬を買うことができますが、明の時代にはかなり裕福な人でなければ入手できなかったようです。
そういう高価な材料をたっぷり使って作るのが万三蹄なのです。
また万三蹄は一度にたくさん作らないとおいしくならないと言われています。1度に数十個を煮込んで作るのです。
それだけ作っても余らないほどの客が沈万三のところに来ていたことになります。
今の中国でも万三蹄は家庭で作る料理ではありません。大きなレストランで大量に作ったものを賞味するわけです。
刀骨
万三蹄を注文すると肉の塊がそのまま皿に乗って出てきます。客は自分で肉を切って食べるのです。
肉を切るにはナイフが必要です。ところがナイフを使うのはご法度。これには理由があります。
沈万三は朝廷の財力をも凌ぐほどの豪商でした。明朝を打ち立てた皇帝・朱元璋は沈万三を陥れようと狙っていました。
あるとき朱元璋は沈万三の客となりました。
朱元璋の前に自慢料理・万三蹄が出されたとき朱元璋は「どうやって食べるのだ?」と訊ねました。
塊のままでは食べられないので食べやすく切れという意味です。このとき沈万三は朱元璋の意図を悟りました。
当時皇帝の前で刃物を持つことは死刑に相当する犯罪だったのです。
肉を切るためにナイフを出したら言いがかりをつけて死刑にしてやろう。
それが朱元璋の狙いだと気付いた沈万三は肉から骨を抜き取り、その骨で肉を切りました。
万三蹄はよく煮込まれた料理なので骨でも切ることができるのです。
しかもブタのうしろ脚には先端が平らになっている骨があります。まるでナイフのように見えるので周庄の料理人は「刀骨」と呼ぶそうです。
沈万三が刀骨で肉を切って朱元璋の罠から逃れたという話にちなんで、万三蹄はブタのうしろ脚から作り、切るときは骨を使うというスタイルが定着したのです。
ブタ肉と薬膳
ブタ肉の薬膳的な効能は別の所でも書きましたし FoodNaVi をご利用いただけば表示されますから今回はブタ肉料理を作るときの薬膳マメ知識を紹介しましょう。
ブタ肉は体に潤いを与える食材ですが、このような食材は食べ過ぎると体内に「湿」と呼ばれる「余計なモノ」が増えるとされています。
この「湿」はさまざまな問題の原因となります。
例えば太るのも湿のせいですし、やる気が出ないのも湿のせいです。
そこで薬膳や漢方は体内に湿が溜まらないようにコントロールすることを重視しています。
よくできた薬膳料理は湿が溜まりやすい食材と湿をデトックスする作用がある食材を合わせて使っています。
実は万三蹄もそのような料理のひとつです。
昔から食べられている中華料理は薬膳的に見ても優れた料理であることが多いのです。