南甜北鹹
中国は広いので中華料理の味付けには地域性があると言われています。日本でも関東と関西の味付けは違うと言われますが、中国にもそれと似たようなことがあるわけです。
中華料理の味付けには「南甜北鹹」というゆるーいまとめ方があります。
南は甘く北はしょっぱいという意味です。
この記事では中国では常識とされるこの味付けの傾向についてご紹介しましょう。
南甜(南はあまい)
江南地区、つまり長江の南側では甘からい味付けが好まれるとされています。
具体的には特に蘇州や無錫の料理がこの系統に入ります。「無錫料理と言えば甜味」は中国の飲食常識のひとつです。
「無錫で小籠包(ショーロンポー)を食べると中の汁には溶け切っていない砂糖が入っている」という都市伝説があるくらいです。
もちろん甘いだけではおいしくありません。正確に言えば「鹹中帯甜」つまり「甘からい」味付けということになります。
もっと具体的に言えば砂糖と醤油の味付けです。
つまり日本人にもお馴染みの味に近いわけです。じっさいに江南料理は外国の料理という気がしないほど日本人にとっては親しみやすい味です。
日本の定番調味料を使って同じ味を出せるので、料理を勉強したい人にとっては中華料理の入門編としても最適だと思います。
江南料理の特徴として「清淡」つまり素材の味を生かした淡い味付けが紹介されることもあります。
これは都市部の洗練された料理の特徴であり、農村部の素朴な味付けは「鹹中帯甜」だという説もあります。
「清淡」にせよ「鹹中帯甜」にせよ和食に通じる特徴です。
中国グルメ旅をしたいなら江南地区はいちばん無難な地域です。
ちなみに上海料理も江南料理の支流のひとつとみなされています。
実際に上海では砂糖醤油の味付けが使われることが多く、和食に慣れた舌の持ち主にとっては、上海料理はこの上なく食べやすいのです。
北鹹(北はしょっぱい)
中国語では「しょっぱい」は「鹹」の字で表します。ですから「北鹹」は「北方ではしょっぱい味付けが好まれる」ということを表しています。
北方と言っても広いのですが、その代表的な例として東北菜があります。東北菜は黒龍江省、吉林省、遼寧省などの料理です。
東北菜の特徴は「重油偏鹹」です。油っぽくて塩味が強いのが特徴です。
東北菜には味噌味の料理や漬物が多いので、確かにしょっぱい味の料理が多いという印象になります。
中国の東北地方は冬は非常に寒くて農作物が収穫できません。
そこで冬越しのために味噌や漬物などの保存食を作ります。そのときに塩を大量に使うので東北料理はしょっぱい味になったと言われています。
さらに昔は現地で収穫できるものを食べるのが一般的でした。
北方ではサトウキビが育たないので料理に砂糖を使う習慣が生まれなかったという説もあります。
今では北方でも甜菜から砂糖を作ることができますし、南方から砂糖を輸送することもできます。
しかし昔の中国では遠保から輸送すると高価になりますし、甜菜(砂糖の原料になる農作物)は栽培されていなかったのです。
つまり「北鹹」は味の好みというよりも環境による制約だというわけです。
南甜北鹹の謎
「北鹹」は環境による制約だったとすると、交通が不便で輸送が困難だった昔のほうが今よりも塩味に偏っていたはずです。
ところが北宋時代の文人・沈括の記録によると「南の人は塩味を好み、北の人は甘い味を好む」とされています。
つまり現代中国の常識「南甜北鹹」の真逆のことが記録されているわけです。
この記録自体は正しいとされています。
江南で塩味が好まれていた形跡が今でも江南各地の料理の中に残っていますし、古い記録には北方で「カニの蜂蜜漬け」のような劇甘料理が好まれていたという記録が残っているからです。
昔の中国には「南鹹北甜」の時代が確かにあったようです。それが「南甜北鹹」に変化したのは歴史的な背景があると言われています。
北宋時代の中国人は異民族の圧迫によって南方に逃れます。そのときに北方の料理や嗜好が南方に移動して現代中国の「南甜北鹹」が定着したというのです。
薬膳的には「南鹹北甜」
薬膳はひとりひとりの体に合わせて作るものなので決めつけはいけませんが、一般論としては寒い地域では体を温める料理が適していて、熱い地域では体を冷ます料理が適しています。
かなりゆるーい分類になりますが(つまり例外はたくさんあります)、一般的に言ってしょっぱい味のものは体を冷やす傾向があります。
甘い食べ物は体を温める傾向があります。
ですから気候を考えると薬膳理論的には「南鹹北甜」が正しいという結論になります。
私たちの体にはインナーバランスを調和させようとする能力が備わっています。
その能力がバカになっていない限り、体の状態を良くするような食べ物が欲しくなるようにできています。
環境の陰が強いときは陽を助ける食べ物、環境の陽が強いときは陰を強める食べ物が欲しくなるわけです。
エアコンもなく電気もない時代の中国人の体は今以上に環境とシンクロしていたはずです。そうだとすれば「南鹹北甜」になるのが必然です。
実際に「ちまき」の味付けはいまでも「南鹹北甜」です。
体の機能が100%働けば、体は自然に調和を保つように導いてくれます。
中華料理の味付け「東西」の特徴については下の記事をご覧ください。