中国の国民食・蘭州拉麺
中国でラーメンと言えば蘭州拉麺です。
蘭州は甘粛省の省都ですが蘭州拉麺は甘粛省に限らず中国全土で食されているポピュラーな食べものです。
ラーメンの発祥の地である中国でラーメンの代表格となっている蘭州拉麺はどのようなものなのか。日本のラーメンには無い特徴も含めてご紹介しましょう。
そもそも蘭州とは
蘭州は中国の内陸部・甘粛省の省都です。
シルクロード上の重要な都市として昔から文化的にも経済的にも繁栄していました。
年間の平均気温はおよそ10度と言われています。冬はキツイけど夏は涼しい。しかも湿度は低い。ですから蘭州には避暑地要素もあるわけです。
日本では蘭州は「敦煌観光のついでに寄る」程度のイメージだと思いますが、実はビジネスの世界では蘭州は非常に注目度の高い都市なのです。
蘭州は中国西部の重要都市です。
鉄道網枢軸都市(鉄道のハブ駅がある)であり蘭州から放射状に延びる道路網は中国西部と中国の各地を結んでいます。
蘭州まで行くと新疆ほどではありませんがイスラム文化の雰囲気が出てきます。そしてイスラム文化と蘭州拉麺には奇妙な縁があるのです。
蘭州拉麺の不思議な特徴
中国では蘭州拉麺は何となくイスラム教徒が作るものと認識されています。
また蘭州拉麺の店には「清真」つまり「ハラル」と書いてあることが多いので、イスラム教徒がイスラム教徒のために作る料理なんだろうと考えがちです。
しかも蘭州拉麺には中華料理で多用されるブタ肉を一切使いません。ブタ肉を使わないのはやっぱりイスラム教との関係をイメージさせます。
蘭州拉麺はイスラム教徒が発明したのでしょうか?
残念ながら蘭州拉麺の起源はハッキリしていません。
一説には唐の時代にはすでに作られていたと言われています。
中国最古のモスクである西安大清真寺は玄宗皇帝の時代に作られていますから、唐の時代の中国にイスラム教徒がいたことは間違いありません。
しかし蘭州拉麺がイスラム教徒の料理だという記録はないのです。
また蘭州拉麺は別名「牛肉麺」と呼ばれる通り、牛肉からスープをとりトッピングにも牛肉を使います。中国の常識としてイスラム教徒なら羊を使うのが自然です。
そこで蘭州の地元民の解説が信憑性を帯びてきます。
何と蘭州拉麺とイスラム教には本来何の関係もないというのです。
だったら蘭州拉麺店の「清真」やアラビア文字は何よ?
それはロシア料理の店に置いてあるマトリョーシカと同じで、本場の雰囲気を出すための演出に過ぎないのです。
中国ではラーメンの本場は蘭州ということになっています。そして蘭州は西方のイスラム文化の土地というイメージがあります。
このイメージの先に「イスラム教徒が作るラーメンは本場の味」という思い込みがあるのです。
ですから店を出す人はイスラム教の雰囲気を前面に押し出しているのです。
蘭州拉麺の標準形
蘭州にはもともと拉麺がありましたが現在の蘭州拉麺には創始者がいるとされています。
清の時代に薬膳研究家で「食聖」の異名をもつ陳維精という人がいました。
お仕事と言いますか、社会的な地位は国子監の学生。こういう人を太学生と言います。
中国の官僚登用制度といえば科挙ですが当時は国子監に優秀な人材をプールしておいてその中から官吏を選ぶ方法も併存していたのです。
ただし国子監出身者の地位は科挙合格者に比べると大したことなかったので真面目に勉強するよりも「文化交流」に熱心な人が多かったようです。
陳維精の場合は中国の食文化研究に没入したわけですね。当時の中国にはこういう高等遊民みたいな人が他にもたくさんいたのでしょう。
陳維精は非常においしい牛肉ラーメンの作り方を編み出しました。そしてその牛肉ラーメンは陳家の家伝になったのです。
家伝の拉麺には陳維精の子・孫の三代に渡って改良が加えられました。その結果、現在の中国で蘭州拉麺の標準形とされるラーメンが完成したのです。
陳維精のレシピは早くも陳維精の時代には蘭州に伝わっていました。陳維精から作り方を学んだ馬六七という人が蘭州に店をひらいたからです。
ラーメン王国である蘭州で通用する新レシピ。しかもそれがスタンダード化したのですから陳維精の腕は大したものです。
蘭州拉麺の作り方
一般的な蘭州拉麺のスープは牛骨と牛肉がベースです。
陳維精のレシピではさらに鶏と牛のレバーも加わります。これにコショウ、クミン、ショウガ、クローブその他の漢方薬を加えます。
香辛料の種類やブレンドする割合は店の秘伝です。それぞれの店が工夫しているようです。
かつての上海にはカレー粉が入っている蘭州拉麺もありました。今にして思えばあれは蛇足であり邪道です。
ちなみに創始者・陳維精のレシピに使われる23種の漢方薬と香辛料は公開されています。子孫に伝えるために詩の形式にしているところはさすがに太学生。
塩分は醤油ではなく食塩を使います。濁りも色もほとんどないスープです。
蘭州拉麺の麺は小麦粉をねって作った生地のカタマリを引き延ばして作ります。
拉麺の「拉」は引っ張るという意味です。
しかし不思議ではありませんか?
小麦粉をねって引っ張っても、細い麺ができる前に切れてしまいます。中国の職人はスゴイ技術を持っている!
そう思って店をのぞくと意外にも若い店員が楽々と麺を作っています。実は蘭州拉麺の生地には中国語で「拉麺剤」と呼ばれるお薬が添加されているのです。
もともと蘭州では拉麺を作るときに蓬灰というものを加えていました。これは蓬草と呼ばれる植物の灰から作る添加剤です。
ちなみに日本語では蓬はヨモギを意味しますが蓬草は別の植物です。
蓬灰を加えることによって引っ張ってもちぎれない生地ができるのです。しかし蓬灰は作るのがメンドウなので今ではほぼ使われていません。
現在の拉麺剤は蘭州の産学共同プロジェクトによって生み出された製品です。これは単品の物質ではなく複数の酵素、アミノ酸、ミネラルをブレンドして作られているそうです。
もちろん拉麺剤を使わなくても麺を作ることはできます。
ただしそれには高い技術が必要です。通常は拉麺剤が添加されていると考えてよいでしょう。
蘭州拉麺は注文を聞いてから作られます。
作り置きしておけば良さそうなものですが拉麺職人にインタビューしたところ作り置きすると麺と麺が融合してしまうのでムリだそうです。
さて麺とスープの次はトッピングです。
蘭州拉麺は「一清二白三紅四緑五黄」になるように仕上げなければいけません。
一清は澄んだスープ。二白はダイコンの薄切り。三紅はラー油。四緑はパクチー。五黄は麺の色。これらが調和するととてもキレイに仕上がります。
蘭州拉麺は芸術品だという人がいるのも大げさとまでは言えないようです。
地元民の怒り
この記事をお読みの方の中には中国からアクセスして下さる方もいるようです。
そういう人は「おかしいぞ」と思われていることでしょう。
一清二白三紅四緑五黄?
そんなの見たことない。トッピングは刻みネギと香草(パクチー)と薄切りの牛肉が定番。ダイコンは入ってない。ラー油は自分で入れる。それが蘭州拉麺でしょう?
味も微妙。美食を知り尽くした料理研究家が考案したレベルの味ではない。せいぜいB級グルメのレベル。日本のラーメンのほうが格段においしい。
日本人はラーメン好きだと言われていますが、中国に住んでいる日本人はほとんど蘭州拉麺を食べません。もっとおいしいものがたくさんあるからです。
この低評価に対して蘭州の地元民は怒っています。
蘭州から一歩でも外に出たら、そこにあるのは蘭州拉麺ではない。
蘭州以外の土地で蘭州拉麺を食べないでくれ。悪い印象が残るだけだから。
外地(蘭州以外の土地)の拉麺と蘭州拉麺は十万八千里も違う。
これらが地元の意見。
多くの日本人が住んでいるのは沿海部の大都市。つまり蘭州から遠く離れたところです。
もしも駐在している土地で蘭州拉麺を食べた結果、ぜんぜんおいしくないと思ったら、それは蘭州拉麺ではありません。材料と手間を省略したまがい物です。
蘭州の人に言わせれば蘭州拉麺は蘭州でしか食べられないそうです。もしも蘭州に行く機会があればその時こそお試しください。
なお蘭州では蘭州拉麺とは言いません。牛肉麺です。