お粥は最強の薬膳料理

漢方のバイブル『傷寒論』とは

薬膳や漢方に興味がない人でも『傷寒論』の名前くらいは聞いたことがあると思います。

それもそのはず。『傷寒論』は昔から漢方のバイブルとされていて今でも『傷寒論』に載っている多くの漢方薬が日本でも中国でも使われているのです。

東洋医学の医学書の中でいちばん有名で最も影響力が強い書物が『傷寒論』なのです。

『傷寒論』は後漢の末期ごろに張仲景という人が書いた医学書です。

張仲景は長沙の太守という地位の政治家でした。長沙というのは臭豆腐や馬王堆漢墓で有名な湖南省の省都です。

現在の日本の県知事以上の地位と言ってよい政治家がなぜ医学書を書いたのか不思議な気がしますが、それにはそれなりのワケがあるのです。

後漢の末期に伝染病のパンデミックが発生したらしく多くの人が病死しました。

当時、張仲景の親戚は200人以上いたそうですが、そのうちの3分の2が病死したそうです。

張仲景はこの惨状に触発されて医学研究を志し中国各地をめぐって治療活動を行いながら伝染病の治療法を完成させたのです。

その治療法の集大成が『傷寒論』なのです。

ここまでは日本のウェブサイトをちょっと検索すれば紹介されている話です。

ところが『傷寒論』に何が書いてあるかはほとんど知られていません。

なぜかと言うと『傷寒論』には「太陽病」「少陽病」など特殊な用語が使われるので内容を理解するための予備知識が必要になるからです。

でも、そういう難しい話は抜きにして『傷寒論』を楽しむこともできます。今回はそういう話です。

薬膳ファンによるマニアックな研究

漢方のバイブルである『傷寒論』の中に「お粥」についての記述がいくつあるか数えた中国の研究者がいます。

その数は34だそうです。かなり多い!

これは単なる漢方トリビアであはありません。現在の日本で使われている漢方薬の飲み方にも関係がある話なのです。

桂枝湯とお粥

例えば桂枝湯(けいしとう)という漢方薬を飲んだ後にはお粥を食べると効き目が良いと書いてあります。

桂枝湯は日本でもまあまあ使われる漢方薬です。また桂枝湯をアレンジした漢方処方は無数に存在するので、漢方の専門家にとって桂枝湯は非常に重要な漢方薬なのです。

『傷寒論』の中にはなぜお粥を食べるとよいのか説明されていません。そこで歴代の中国の医学者たちはどうしてお粥を食べるとよいのか解説を残しています。

その解説にもいろいろあるのですが、要するに「わずかに発汗させて病邪を汗とともに体外に押し出す」働きを強めるためです。

この働きはお粥を食べることが前提となっているので、お粥を食べないと桂枝湯の効き目は大きく損なわれるという人もいます。

日本でも桂枝湯または桂枝湯から派生した漢方薬と出会う可能性は高いので、もしも服用することになったらお粥のことを思い出してください。

白虎湯とお粥

熱性のトラブルをケアするための白虎湯(びゃっことう)という漢方薬があります。白虎湯は体を強力に冷やす薬として中国では非常に有名です。

一般常識とまでは言えないまでも、大抵の人は知っているので「体を冷やすもの」の代名詞としても使われることがあります。例えば「スイカは天然の白虎湯だ」などと言われるのです。

白虎湯も『傷寒論』の漢方薬です。日本でもいくつかのメーカーが商品化しています。

日本の白虎湯の成分には「粳米」が含まれています。粳米は「こうべい」と読みます。粳米と言うと難しく聞こえますが、その正体は「お米」です。

実は白虎湯はもともとは漢方薬を入れて作るお粥だったのです。しかし薬局でお粥を売るわけには行かないので現代の白虎湯には粳米がブレンドされているのです。

白虎湯と「お粥」の関係は桂枝湯とは違います。

白虎湯には胃を傷める成分が含まれているのですが、お粥にすることによって胃を保護することができます。つまり強い薬の副作用を軽減するのが目的なのです。

三物白散とお粥

三物白散は日本では使われていないと思われる漢方薬です。

これは温瀉剤と呼ばれる下剤の一種で、サーマルタイプは強い温性です。

『傷寒論』の中でこの薬を飲んで効き目が強すぎるときは冷えたお粥を食べるように指定されています。

「冷えたお粥」を食べることによって三物白散に含まれる巴豆(はず)という劇薬の薬力を緩和するのが目的です。

理中丸とお粥

理中丸(りちゅうがん)は日本でも中国でもよく使われる漢方薬です。

『傷寒論』は理中丸を服用した後には熱いお粥を食べるように指定しています。

理中丸の功能は温中散寒、益気健脾です。冷えによる脾の機能低下をケアするという意味ですが、イメージをつかむのはちょっと難しいかもしれませんね。

お粥を食べると、この作用が強化されるのです。

残念ながら現在の中国の臨床現場ではこのような指定をする医師は少数です。日本でも理中丸とお粥はセットになっているとアドバイスする専門家は少数ではないでしょうか。

しかし張仲景の処方は今でも有効な薬です。その張仲景がわざわざ「お粥」を食べるべし、と書いている以上、オリジナルの服用方法を知っておいても無駄にはならないでしょう。

『傷寒論』の中の「お粥」の意味

『傷寒論』の中に出てくるお粥はいくつかの目的で使われています。それをまとめると次のようになります。

①薬の作用を強める

②薬の副作用を抑える

③強い薬の作用を緩和する

さらに張仲景は「糜粥自養(びしゅくじよう)」という言葉を残しています。糜粥は「しらがゆ」という意味です。

『傷寒論』には強力な「瀉」の治療法がいくつも記載されています。「瀉」の治療法の多くには脾胃を傷める副作用があります。

お粥には保胃気、存胃津の効果があるので「瀉」の治療法を用いるときはお粥によって胃気と胃津(陰)をケアすべきだというわけです。

張仲景は後の時代の「脾胃論」にも通じる考え方をもっていたのかもしれません。

体力が充実した人を治療するときは糜粥自養のような配慮は疎かになりがちですが、高齢者を漢方や薬膳でケアする場合には非常に重要なポイントになります。

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