漢方薬の加工
漢方薬は加工の仕方によって効能や効き目が違うと言われています。
漢方薬の加工を総称して炮制[páo zhì]と言います。
炮制には単に乾燥させるだけの簡単なものから何工程もある非常に複雑なものまで様々なバリエーションがあります。
複雑な工程の手間を省くと効き目が悪くなります。
古い医学書に書いてある処方を使っても効果がないときは、使われている漢方薬が手間を省いて作られたものであることもあると言われています。
漢方薬の効き目を左右する加工法とはどのようなものなのか?
興味深い例を交えてご紹介しましょう。
基本的な炮制の技法
炮制の種類は非常に多いのですが大別すると修制、水制、火制、水火共制の4つに分かれます。
修制は採取した薬の原料から薬効のある部分を取り出して形を整える加工法の総称です。
具体的には皮を削ったり薄く切ったり篩(ふるい)にかけるなどの方法があります。これは一番シンプルな加工法です。
水制は液体を使う加工法の総称です。
単に薬の原料を洗うだけでも水制なのですが水に有効成分を溶かして取り出す方法や逆に有毒成分を水に溶かして除去する方法も水制に含まれます。
火制は熱を加える加工の総称です。
火制には非常に複雑なバリエーションがあります。
一例として火を加えるときの深さの違いがあります。コーヒーで言えばローストの深さに相当する区別です。
浅いほうから炒黄、炒焦、炒炭などの区別があります。
コーヒーに含まれるカフェインの量は焙煎の程度によって変化します。これと同じように漢方薬の有効成分も熱処理の程度によって変化するわけです。
原料を単独で炒める方法(清炒法)の他に別の補材を混ぜて炒める加工法があります。
このタイプの加工にも米炒、土炒、砂炒、滑石炒など非常に多くのバリエーションがあります。
また液体の漢方薬を加えて炒める加工法を「炙」と言います。
この技法にも酒炙、醋炙、姜炙、蜜炙、油炙などのバリエーションがあります。
蜜で炒めるように加工した蜜炙百合などは薬膳的な薬のひとつです。
水火共制は蒸したり煮たりする加工法です。
熱と液体の両方を使うので水火共制と呼ばれているのです。これは強い薬の作用を緩和したり毒性を低下させるなどの目的で使われる技法です。
九蒸九晒
代表的な補血薬のひとつに何首烏(かしゅう)という漢方薬があります。
薬膳(漢方)理論によると「髪は血の余り」ということになっていますから髪のコンディションをケアするには補血薬が使われます。
とりわけ何首烏は髪のケアに多用されるので、漢方薬の中の「黒髪の守護神」的な存在です。
何首烏の原料はツルドクダミという植物の根です。もともとは薄い茶色なのですが、完成した何首烏は黒い色をしています。
原料が真っ黒な何首烏になるまでに手間のかかる下準備に加えて「九蒸九晒」の工程が必要です。
九蒸九晒とはツルドクダミの根を黒豆と一緒に蒸してから天日乾燥するという工程を9回繰り返すという意味です。
この伝統的な加工により作られるのが黒髪の守護神である何首烏です。
九蒸九晒の加工をしていない何首烏と区別するために制首烏と呼ぶこともあります。
制首烏を作るには手間と時間がかかります。だから非常に高価になります。高く売れるとなるとニセモノが出回ります。
ニセモノの制首烏を飲んでも効果がないので、制首烏は効かないと思い込む人もいるそうです。
養生国宝
中国に明代から伝わる亀齢集(きれいしゅう)という名の漢方薬があります。
もともとは嘉靖帝(かせいてい:1507年から1567年)の体質改善のために宮廷医が開発した薬なのですが非常に効果があったので宮廷の秘薬として後の世に伝わりました。
皇帝専用の薬として誕生しましたから亀齢集は別名御用聖薬とも呼ばれています。またからだを若々しく保つ効能があることから養生国宝と呼ばれることもあります。
亀齢集を作るには28種類もの漢方薬が必要です。
人参、鹿茸、地黄、枸杞のようなお馴染みの漢方薬の他にも雀脳、海馬、蜻蜓などの珍しい薬が使われます。海馬(かいば)はタツノオトシゴ、蜻蜓(せいてい)はトンボです。
さらに凄いのは製造工程が主要なものだけで99工程もあることです。細かい工程を全て数え上げると360工程以上になるとも言われています。
原料となる漢方薬を加工するために酢、酒、牛乳、蜂蜜、姜汁などの液体が使われます。
亀齢集は炮制技術の集大成です。
非常に珍しい加工法も用いられています。例えばスズメの脳である雀脳の加工も非常にユニークです。
ブタの大腸の中に雀脳と硫黄を詰めて煮ます。雀脳と硫黄が融合したところで取り出し乾燥させるのです。
わざわざブタの大腸を用いることになっているのには何らかの意味があるのでしょう。
現在では一部の工程を機械化することで大量生産されています。
最終的には粉末の薬になります。この粉末を小指の先くらいの大きさのカプセルに封入したものが販売されているのです。
ただし現在の中国で販売されている亀齢集が明の時代の作り方を完全に踏襲しているかどうかはわかりません。