現代中国の薬膳感覚は曲がり角に来ている

中国人の薬膳感覚

中国人の食文化には医食同源の思想が深く浸透しています。中国人は体にいい食べ物が大好き。

しかし多くの中国人の好みは漢方の専門家から見て理にかなったものとは言えません。

多くの中国人が薬膳に求める作用は「補」です。特に補陽と補陰。強力な補薬が入った鍋料理やスープが「体にいい料理」と考えられているのです。

もちろん仕事や観光で中国に行く日本人にも「これは体にいいよ」と勧めてくれます。

しかし「補」一辺倒の薬膳は場合によってはインナーバランスを乱してしまいます。

中国人が大好きな「補」の薬膳との付き合い方を解説しましょう。

そもそも「補」とは?

薬膳(漢方)理論によればあらゆる食品は私たちのからだに対して何らかの作用を持っています。これが医食同源の考え方です。

からだに対する作用は様々ですが大きくふたつに分類することができます。それが「補」と「瀉」です。

は足りていない要素を補う作用です。

例えば「気」を補う作用がある薬を補気薬、「陰」を補う作用がある薬を補陰薬と言います。

は簡単にいえば余計なものを除去する作用です。

例えば体内の病理物質を除去するデトックス作用は瀉に分類されます。さらにある種の病的な状態を解消する作用も瀉に分類されます。

例えば気や血の「めぐり」が停滞しているときに「めぐり」を改善する作用も瀉の作用なのです。

ある程度知識がある人のために補足すると、理気や活血も瀉の一種ということになります。

瀉は補に比べるとイメージをつかむのが難しい概念ですね。

補と瀉の使い分け

不足している要素があればその要素に対して補の薬や食材を摂取するのが補の基本です。

体の中に余計なものがあるときには瀉の薬や食材を摂取するのが基本です。

ただし漢方治療となると補だけの薬や瀉だけの薬を使うことは滅多にありません。大抵の漢方薬には両方の薬がブレンドされています。

なぜかと言うと私たちのからだには余計なものが溜まっていると同時に何らかの要素が不足していることが多いからです。

ある程度知識がある人のために補足すると、例えば脾気虚と湿盛はセットになっていることが多く、脾気虚を改善する薬の中にはほぼ確実に湿をデトックスするための瀉の薬がブレンドされています。

このように薬で治療する必要がある人に対しては、単純な補や瀉だけの治療は不適切になることが多いのです。

わかりやすい「補」が好まれる

からだの状態によっては瀉が必要であるとか、補と瀉は組み合わせて使われるというのが専門家の常識。

しかし瀉はわかりづらい。今でこそデトックス(中国では排毒と言います)という考えが広まっていますが、少し以前までは瀉と言っても具体的なイメージがつかみづらかったのです。

ところが補はわかりやすい。元気が出る。性的機能が亢進する。モチベーションが上がる。なんか良さそう!

ということで昔から中国では補の作用が強い料理が好まれる傾向があったのです。昔の宮廷料理にもこの傾向があります。

そして現在でも「この料理には補の作用がある」が宣伝文句として有効なのです。料理名に「補」の字が使われることも少なくありません。

例えば十全大補湯、十全大補粥、十全大補火鍋など。ちなみに十全大補湯は漢方の医学書にも載っている漢方薬そのものです。

宣伝文句だけでは詐欺になってしまうので、実際に補の作用がある食材や漢方薬が使われています。

瀉の薬膳なんて流行らない。結果的に中国の薬膳料理は補の作用に偏りがち。

これは薬膳理論を知っている人からすれば異常事態ですよね。

乱補のマイナス面

からだとの相性を考えずにとにかく補の薬膳料理や補の漢方サプリを摂取することを「乱補」と言います。

中国では中医師が乱補への警鐘を鳴らしています。

乱補は単に無意味というだけではありません。ひどい体調不良の原因にもなるのです。

補薬たっぷりの「中薬火鍋で高血圧」は中国では珍しくない現象です。

高血圧の他にも不眠、頭痛、発疹などの中には乱補が原因と考えられるものもあるようです。

補の薬膳を食べるなら自分に何が足りていないかを知ったうえで、その要素を補う薬膳を選ぶべきです。

そうしないとからだにいいハズの薬膳料理が返ってからだを害することになりかねません。

薬膳は瀉の時代に来ている

昔の質素な時代には食糧事情が貧弱で生命エネルギーが不足しがちでした。

そういう時代には貴重な食材を使って生命エネルギーを補うことがプラスに作用することが多かったと考えられます。

ところが現代の中国は飽食の時代。

漢方的には肥満は過剰な陰の摂取や「めぐり」の悪化が原因です。これに対するケアには瀉が不可欠です。スッポン火鍋で補陰などするとさらに肥満体質が悪化します。

日本も中国と同じく飽食の時代に入って久しいですね。

必要以上の量を食べ、刺激の強い味に慣れ、偏った食事を続けている。

このような時代には「さらに足す」のではなくて「余計なものを出す」薬膳が求められています。

補の薬膳よりも難易度が高い瀉の薬膳。そのヒントは和食の中に隠されているように思われます。

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