カレーと薬膳
そもそもカレーは薬膳的な料理なのではないか?
何となくそう感じている人は多いハズです。しかし薬膳の何たるかを知らなければ薬膳カレーの意味もわかりません。
そこでまず薬膳カレーとは何かを解説いたしましょう。
薬膳というのはその料理を食べる人に合わせて食事を作るフードセラピーです。
厄介なことに人のコンディションはひとりひとり違います。ですから薬膳には「これだけ食べとけばOK」というような便利なレシピはありません。
まず食べる人のコンディションを見極め、その人のコンディションが向上するように料理を作る。
それが本当の薬膳なのです。
その人のコンディションが向上するようなカレーを作れば、それが薬膳カレーなのです。
カレーを「薬膳する」第一歩
ではどうやってカレーを食べたいと言っている人(自分自身でもよいのですが)のコンディションを判定するのか?
薬膳の専門家は漢方理論と漢方の診断技術を使って判定します。
私のような漢方の専門家は脈や舌の状態も参考にしますが、薬膳を作るにはそこまでの専門性は必要ありません。
薬膳で大切なのは精密なコンディション分析ではなく体の全体的な傾向を把握することです。
体の全体的な傾向を把握する方法を漢方の専門用語で八綱弁証といいます(この用語は知らなくてもダイジョウブです)。
具体的に言えば体が冷えているのか余計な熱を持っているのかという寒熱のバランスと、寒熱に影響を及ぼすと考えられている陰陽のバランスを判定することが大切です。
寒熱と陰陽というこのふたつの軸は非常に基本的な分析手法なのですが、残念ながらある程度勉強しないと自力では判定できません。
このウェブサイトでは寒熱と陰陽の状態(サーマルコンディション)を自動的に判定するツールを公開していますので、ご興味のある方はホームページのツールを利用ください。
さて、判定の結果、例えば「体が冷えている」と判定したとします。その場合は「体を温めるタイプの食べ物」を提供すればそれは薬膳なのです。
もちろんカレーを提供する場合は「体を温めるカレー」を提供すればそれが体が冷えている人にとっての薬膳カレーなのです。
ここで重要なのは体が「余計な熱を持っている状態」の人にとっては「体を温めるカレー」は薬膳ではないという相対性理論です。
ある食事が薬膳か薬膳ではないかは、それを食べる人のコンディションで決まるのです。
ですからたったひとつの決まったレシピのカレーを「薬膳カレー」と呼ぶことにはムリがあります。
決まったレシピのカレーは、ある人にとっては薬膳であり、別の人にとっては毒にもなりうるのです。
ですからカレー好きの人は自分のコンディションを理解し、自分のコンディションに合っていると思ったときにお気に入りのカレーを食べれば、理想的な薬膳カレーライフをエンジョイできるのです。
薬膳カレーを作るほうに回る場合は大変です。
少なくとも2タイプ、ある程度の効果を狙うなら4タイプのレシピを用意して、カレーを食べようとする人のコンディションに合わせてレシピを選ぶ必要があります。
このようにすることでどのような人が来ても、大きな方向性としてはその人のコンディションをより良くするカレーを提供することができるのです。
ちなみにカレーのスパイスの多くは、漢方の世界では漢方薬として使われているものばかりです。体の状態にピッタリ合えばかなりの効果が期待できます。
カレーとガラムマサラ
インドカレーの味はミックススパイスであるガラムマサラから来ています。
日本風のカレーにもガラムマサラに含まれるスパイスが入っています。
ということで、薬膳カレーの効能を考えるなら、まず始めにガラムマサラの効能を知るべきでしょう。
ガラムマサラには多い場合は10種類以上のスパイスが含まれています。それらのスパイスの多くは漢方の世界では今でも現役の薬として使われています。
スパイスひとつひとつの功能を調べる必要はありません。なぜなら私が情報を整理してまとめたからです。
ガラムマサラのサーマルタイプは言うまでもなく温性です。つまり体を温める作用がある。これは体感的にも常識的にも理解しやすいと思います。
ガラムマサラの功能
ガラムマサラの功能はいくつかあります。先ず体を温めることにより「冷え」から来る痛みを解消する作用があります(止痛作用)。
次に気や血の巡りを促進する働きがあります。
と言っても、それにどういうメリットがあるのかわからないのが普通だと思います。
簡単に言うと、気や血の巡りが悪くなると、ありとあらゆる体調不良の原因(肥満や生理痛など)になるので、それを予防したり改善したりする作用があるわけです。
この作用はほとんどの人にとってメリットがあります。ただしこのメリットには対価が必要です。
気や血の巡りを促進すると、大きな枠組みで「陰」と呼ばれる成分を消耗します。
ですからガラムマサラを使うときは消費される「陰」を補うような食材と組み合わせる配慮が必要になります。
ガラムマサラには食欲増進作用もあります。これは説明するまでもなく多くの日本人が体験的に知っている事実でしょう。その知識は薬膳的にも裏付けられているのです。
解表作用もあります
ガラムマサラには解表(げひょう)作用もあります。解表はカゼの引き初めなどに病気のモトを追い払う作用です。
例えば「長ネギ」についての記事をご覧あれ!
解表や気や血の巡りを促進する作用は漢方用語で「瀉」に分類される功能です。
「瀉」は「補」と対をなす概念です。「補」は足りない要素を補うという意味です。「瀉」は余計なものを取り除くことを意味します。
気や血の巡りを促進するというのも「気や血が停滞している状態」を取り除くという意味で「瀉」なのです。
薬膳はバランスを重視しますから「瀉」の作用だけの食事を良しとしません。ですから薬膳カレーの具材には「補」の作用があるものを使うのが基本です。
面白いことにインドカレーの定番的な具材には通常「補」の作用があります。インドの伝統食は薬膳理論から見てもバランスが取れているのです。
かつて人類が己の体の変化に敏感であったころ、食べ物の影響を鋭敏に感じ取り料理を開発した。ゆえに伝統ある料理は文化圏が違っても薬膳的にバランスがとれたものになるのです。
ガラムマサラに含まれるスパイスの個別の薬膳的功能が知りたい場合はログイン後に FoodNavi で「スパイス、HOT」を選択して検索すればヒットします。
注意点
ガラムマサラはそれ自体を漢方薬と呼んでよいほどの作用をもつ調味料です。
ただし万人向けではありません。なぜなら一般的なガラムマサラは体を非常に強く温める作用を持つからです。
薬膳理論によれば体が余計な熱を持っているときにはそれ以上体を温めてはいけません。
熱がある人にとっては体を冷ますタイプの食事が適しています。
また陰が不足して熱が溜まっている人には陰を補うタイプの食事が適しています。こうした食事は通常スパイシーな味付けにはなりません。
ところでカレーはスパイシーなモノばかりとは限りません。
薬膳カレーの達人になるためにはスパイシーなカレーの他に補陰作用があるカレーと清熱作用があるカレーを用意すべきです。
そうすることによってどんな人に対しても基本的なレベルの薬膳カレーを提供することができるようになります。
カレーの可能性は無限なのでカレーだけで薬膳を完結することは理論的には可能です。ただし「おいしくなければ薬膳ではありません」。
清熱作用がある「おいしい」カレーを作り出すには高いハードルがあると思います。